TRPGオタの俺が女子高の文芸部の顧問になって困達とセッションするハーレムラノベ 序章~第一章
序章 22歳、新任教師です
「時代に残る傑作小説の最初の一文は、みな印象に残るものである」そうだが、この作品は人類史に残る一作にはきっとなれないので、しょもない自分語りから始めようと思う。
俺がTRPGという遊びを知ったのは中学の頃、実際にハマったのは大学の頃だった。
強敵と書いて友と読む友人達と共に最高の物語を作り上げるこのゲームが俺は大好きだったのだ。
そんな世間的に見ればオタク100パーセントの灰色どころかドブ色な青春を過ごしてきた(個人的にはそれはそれで楽しかったのだが)俺なのだが、時を経るにつれて遊ぶ機会もなくなってしまった。俺ももう社会人だ。これからはオタク趣味はやめ、まともな大人として現実に向き合って生きていかねばならないのだろう。
……と思っていたのだが、なぜか最近またこの遊びをやることになったりする。しかも、女子高生たちと。
きっかけは1年ほど前、たまたま知り合ったお婆さんに気に入られたのが始まりだった。実はこのお婆さんとあるお嬢様学校の校長だったようで、就活に悩んでいて教員志望だった俺はなんやかんやで気に入られて新入教師として拾われたという感じである。
こんなエロ漫画の導入レベルの雑さでいいのかという気もするが、世間ではトラックにぶつかって異世界に転生する作品が流行しているようなので許していただきたい。ただ、意外とこういうことがあるのも現実的なのかもしれない。現実ってのは物語より因果関係がはっきりしてないからな。いや、ハッキリしているんだろうが、絡んでくる要因が多すぎて予想がつかないんだ。これもフィクションだけどな。
ともあれ、教員試験にも受かり、就職先が決まり、俺は期待と不安が入り混じっていた。俺は現実に興味を割くことが出来ない、社会に顔向けできない、どうしようもない人間ではあるが、あまり充実したものではなかった大学生活という旅路の果てに、教員免許という資格をとれたことで、これでやっと世間に顔向けができる。そんなことを俺は考えていた。しかも行き先は女子高である。「ハーレムヤッター!」と著者のバカを含めて思われる諸兄(別に諸兄をバカと言いたいわけではない。バカは著者だけである。あしからず。)は多いのではと推測されるが、現実は思ったより女性陣に囲まれる生活は疎外感があって寂しいモノである。皆さんも経験があるのではなかろうか。ただ、恋愛沙汰さえ絡まなければ、男女比が偏ってても何とかなるもんであるようだ。
まあそんなこんなで、華の女子高生達とボンクラTRPGおじさんの物語、スタートである。
1-0 監獄の看守
「十文字先生、また書類に不備がありました。気を付けてください」
「……すみません」
「今月でもう5回目ですよ。いい加減にしてください」
また同期にお説教を食らった。辛い。どうしてもケアレスミスが発生する。
基本的に、俺はあまり仕事をすることに向いていないようだ。おそらく発達障害なのだろう。かといって、心療内科を受診する気力も余裕もないが。
女子校教師に俺みたいなのが採用されていいのだろうか、とも思っていたが、その原因の一端が分かった気がする。純粋に、教員の数が足りてないのだ。
教師なんて、結局物を教える免許を持っているだけの単なる人間だ。人の手本になるような人間なんかではない。この前まで学生やってたような新任教師ならなおさらだ。生徒たち一人ひとりに向き合う余裕なんかほぼない。現実はそんなに甘くないものだ。
最初は、女性ばかりの空間の数少ない男性教師として珍しがられはしたものの、正直薄っぺらい人生を過ごしていたため、すぐに業務内容以外の会話を他の先生たちや生徒たちと話すことはあまりなくなった。淡々と授業をこなしていくだけだ。廊下ですれ違う生徒に『アイツの授業は独りよがりで全然わからない』と陰であざ笑われてるのだ。きっと。
教室という狭い空間に閉じ込められて、興味のない話を無理やり聞かされる。テストの点数でランク付けされて、規律に反した行動を取れば罰。見方によれば学校なんざ牢獄だ。教師という仕事も生徒たちの指導者といえば聞こえはいいだろうが、現実問題としては監獄の看守とそう変わらない。俺は金八先生でもグレートティーチャー十文字でもキャッチャーインザライでもないのだ。
大量のタスクを背追い込み、 正解が分からないまま仕事をさせられる。俺は何が正しいものなのかわからなくなっていった。言ってみれば、答えの見えない、かつ間違えれば体中に電流を流される詰将棋を延々やらされているような気分だ。
思い返せば、学生だった頃も、学校という場所にはやっぱりあまり居場所はなかったが、結局なんだかんだで楽しい場所だったと思う。それは結局、「ある程度自分をさらけ出せる友達かいたから」ではないだろうか。正直今の職場は、みんな悪い人ではないが、友達と呼べる人間はいない。同僚たちが興味があるのはみんな彼氏や業績と仕事の愚痴の話ぐらいだ。
形式的極まりない報告書を始末しながら、俺は延々とそんな思考をループさせていた。そういうことをしているから能率が落ちるのだが、そういうのを脳内からシャットアウト出来るほど、俺は器用ではない。
とにかく、形式を取り繕いたいだけの上層部には何を言っても無駄なのでもう文句は言わない。他人に期待しない。それでいい。
休日も大したことが出来るワケでもないので、スマホのゲームとニコニコ動画ぐらいしか楽しみがない。たまに、ラーメン屋と漫画喫茶に行くぐらいだ。
こう言うともう、どうしようもないように思えるが、この仕事にも一か所だけ楽しいと思える場所がある。
1-1 SUN値ってなんだよ(哲学)
部室である。
文化部の活動なんざどこでも基本的に大したもんじゃない。だいたい部室で他愛もなく駄弁っているだけだ。それこそが楽しいという側面もあるがな。一応部活は強制所属である百合ヶ丘高でもそれは大差無いようだ。ただ我が校の文学部は真面目なお嬢様文学部なので、主に紅茶を飲みながら本を読んでるか、駄弁っているかの二種類に分かれているようだ。いや、部室で紅茶入れんなよ。ペットボトルの買え。
新任教師の俺はやはり何かしらの部活の顧問をやることになったワケである。しかし体育会系の部活はやはり性に合わないし、何か履歴書に書けるようなまともな特技があるわけでもない。そこで現国の教師ということもあり、前任の先生が辞めていった文学部の顧問を引き受けることになった。一応俺も文化部生活(敗北者コミュニティ)は長いしな。
我が百合丘高等学校文芸部は部員4人の弱小文化部である。部員の子たちは、みんな癖は強いがいい子だった。頼りにはならんが人の良い近所のゲーム好きな変な兄ちゃんぐらいの感覚で受け入れてもらえたようだ。
非常にユルい部活であるので、小説家志望(ワナビー)の月子はまあ妥当としても、小雪のように純粋に本が好きな子もいれば、風音みたいに部活に縛られたくない半分帰宅部の隠れ蓑として機能しているのかもしれない。花凛はちょっと特殊で放課後の勉強部屋に利用しているようだ。図書館行けよと言いたくなるが、別に口出しするほど部員がいるわけでもないので、まあいいのだろう。ぼちぼち目に見える活動成果(部誌)さえあれば、居場所の無い奴の避難所(ヘイヴン)、ガチガチではなく誰かと緩やかに繋がれる場所があったっていいのだ。多分。
職員室は正直あまり居心地が良くないため、また部員達も特に俺がいても気にしないため、その日は部室の方で作業をしていたのだが、作業に集中しようと思っても人の会話というものはなかなかどうして耳に入ってくるものである。
「……ということがあったのですわ」
「えー!?それマジSAN値削れるやつじゃん」
二人の少女の談笑が耳に入ってくる。反射的に俺はツッコミを入れてしまった。
「正確にはSANチェックな」
クトゥルフ神話TRPG、いわゆるCoC、もしくはクトゥルフの呼び声,には本来SAN値という用語はないとされる。公式の用語としては正気度ポイント、、もしくは単にSANが正しいとされるのだが、基本ルールブックのコラムにはSAN値という用語がちゃっかり使われてたりする。要するに半分公式用語になっているのだが、それはこの物語の本質ではないのであとで各自確認されたし。
「え?何?ゴローちゃんTRPG知ってる感じ!?」
嘘!?と言わんばかりに目を丸くして食いついてくる少女の名は山吹ふわりという。百合丘学園では珍しい結構がっつり茶髪でショートカットの、活発で外交的な少女だ。彼女の茶髪は地毛であり、そのせいで周りから不良扱いされるのが悩みのようだ。
「ああ、昔結構やってたよ。ちょっと待ってな」
筆記用具入れから、多くのTRPG民がもしもの時のために携帯しているだろうそれを取り出す。
「あ!10面ダイスだ!実物初めて見た!」
正直、学生時代に力を入れたといえるものは、TRPGのGMを人より多少多くやっていたことぐらいだ。それでも、ちゃんと自分たちのプレイグループを持ってる人達や、同人誌やシナリオ集を出してたりするような、ガチでやってる人達には遠く及ばないが。
「ゴローちゃんすごいじゃん!今度KPやってよ!」
「別にいいけど、人足りなくねえか」
「そこはウチが集めるからさぁ~、ね?」
ふわりがしなを作ってねだってくる。悪いJKである。
「というか風音、よくクトゥルフなんか知ってるな。JKにまでCoCブームが来てるってのはマジなのか」
「マジ卍。そりゃふわりさんは流行に敏感だから、まあ多少はね?」
「TRPGなんか流行の極北というか、オタク文化の極みみたいなもんだろ」
「いやウチめっちゃオタクだから。ワンピースとか読むし」
それオタクじゃねえ奴の言うセリフじゃねーか。ワンピース面白いけどさ。
まあ、ふわりはホラー系が結構好きなようなので、それで興味が涌いたのだろう。
「山吹さん、先生、その、てぃーあーる?とはなんですか?」
瞬間湯沸かし器みたいな新語を口にしながら不思議そうに首をかしげているのは、白鳥月子という少女である。黒髪にロングヘアーの、正統派のお嬢様といった出で立ちの清純な少女だ。初めて見たときは、お嬢様って本当に存在するんだなと思ったものだ。
そんなお嬢様が突然謎の専門用語で話し出す俺達二人に困惑し、疑問に思うのはまあ当然のことだろう。
だが、月子が何の気もなしに投げかけた疑問は、TRPG民の頭を悩ませ続ける非常に難しい質問なのだ。
TRPG,それは口頭で説明するのが非常に難しい遊びである。プレイ風景の例を挙げようにも、「E・Tの冒頭でやってるやつ」というメインではない部分、もしくはおそらく日本で一番有名なプレイ風景は「遊戯王でバクラ君たちがやってたヤツ」とかいうかなりニッチな風景になる上、実態からは正直やや離れているものになる。今はニコニコ動画にリプレイが上がりまくっているものの、そもそも現代ではニコニコ自体が落ち目であると言える。その説明しづらさは布教のハードルを異常なまでに上げている。知らない人に説明しづらい=勧誘しづらい=流行らない。プレイ人口が少ないのはこのあたりも一因と言えるだろう。
「紙とペンを使って遊ぶRPGだよ~」
「あーるぴーじー?」
ふわりのウィキペディアなどにありがちな説明がイマイチピンと来ていない様子の月子。お嬢様はゲームはあまりやらないのだろうか。
とりあえず、俺はツイッターなどでよく言われる説明を用いることにした。
「誤解を恐れずに言えば、ルールのある大人のごっこ遊びみてえなゲームだな。みんなでお話を作る即興劇みてえなゲームだ」
「まあ!みなさんでお話を作るんですの?なんだか素敵ですわね」
月子は目をキラキラ輝かせている。どうやらお気に召したようだ。流石に作家志望なだけはある。ちょろい娘(ン)だ。
「よーしこれで2人。あ、そうだ、小雪もやらない?」
「……ラヴクラフトは、あまり読んだこと、ない。それでもいい?」
読んでいたラノベから顔を上げてコクリとうなずく眼鏡の少女、藍沢小雪。冬の如き静けさと、冷たいながらもどこか新雪のような柔らかい印象を持つ彼女は、いつも難しそうな本を読んでいると思いきや、手にする書籍は意外にもだいたいライトノベルである。まあ、ラノベ好きはだいたいTRPG好きだよな。
「もちろん歓迎だ。小雪は原作読んだことあるのか」
「……前にラノベにクトゥルフネタ、出てて。……全集1巻、だけ。」
「……なるほど。頑張ったな」
因みに俺は全集1巻を速攻放り投げている。とても現国教師とは思えない。
「なにやら私を差し置いて面白そうな算段をしていますね、 皆さん」
おそらく課題をやっていたのであろうノートから顔を上げ、クイッとメガネを上げた少女は名を花凛という。合理性と勤勉を絵に描いたような身だしなみとたたずまいである。
「なんだ、ベンキョーしてたんじゃないのか」
「そんな面白そうな話を目の前でされてたら集中できません。先生こそ、作業しなくて良いのですか?」
「むぅ…」
痛いところを突いてくる。特に花凛には、舌戦では敵わない。
「あ、イインチョーもやる感じ?」
「私は委員長ではありません。ですが、ゲームと聞いて、参加しないわけにはいきません」
こう見えて彼女は世界にあるゲームと呼べるもの全てが好きなようだ。前に部員達が暇を持て余してトランプなど遊んでいたときは、ほぼ全勝していたようだ。
「これで四人か。……都合よく集まっちまったな」
「……まるで、ライトノベル」
メタ発言をやめろ、小雪。
「アタシらなんやかんやで仲良しだからねー」
「……クラスから、浮いてる同盟」
ぼそっと悲しいことを言う小雪。みんな、俺が思っている以上に何かヘヴィな闇を抱えてるのかもしれない。
こうしてふわりの何気ない「SAN値」発言をきっかけにTRPGをやってみようということになった。
まあ、TRPGを遊んで、自分で何か物語を作るというのは、文芸部の活動としては極めて有効なのではないだろうか。
『呼び出しします。十文字先生、至急職員室までお越しください』
そんな感じの俺の思考は、唐突に鳴った呼び出しのチャイムに遮られた。その声には無機質ながら、若干の怒気が含まれているように感じられた。
「先生、また呼ばれてますよ」
「……また何か、やらかしたの?」
メガネ組の言葉が刺さる。むう、とにかく行かなくては。
「すまん、行ってくる。明日の放課後、ルールブックは持ってくるから、次回の活動日までにキャラクターを作ってきてくれ」
「「はーい」」
部員たちに見送られながら、俺は説教へと向かった。説教の内容は割愛させてもらう。現代の新任教師はとにかく雑務が多いのだ。
そんなこんなで、部員達との初めてのTRPGは「クトゥルフ神話TRPG」となった。
クトゥルフ神話 TRPG。 英題Calling of cthulhu もしくはクトゥルフの呼び声という名前の方が通りが良いかもしれない。アメリカのホラー作家、ラヴクラフトさんが作ったホラー小説群を系統化したクトゥルフ神話という創作神話(ある意味本質的には妖怪大図鑑とか東方とかとそんなに変わらない)を題材とした TRPG だ。クトゥルフ神話には最近はFGOとかで触れるオタクも多いかもしれないな。
「大昔のニッチな洋ゲーが、女子大生を中心に飛ぶように売れた」なんて、どこの三流ライターがこんな筋書きを書いたんだろうか。現実とはよくわからないものである。
他のシステムと比較すると、PCが普通の人間で割ととっつきやすいこと、ニコニコのゲーム実況視聴者層が好きそうな脱出ゲームやフリーのホラーゲームなど親和性が高いことなども流行の一因なのだろうかと俺は勝手に想像している。
大本は1993年のボックス版、2006年第六版が出て、確か2011年頃からニコニコ動画を中心に大ブームが起こったようだ。現在では七版の無料公開版(未約)が公開されてるらしいが日本ではまだ導入されていない。翻訳されたらルルブ不所持なんたらは少しはマシになるのだろうか。
それはさておき、今では対抗馬としてマルチホラー TRPG としてインセインが普及しているが、クトゥルフは未だに現代 TRPG 業界の人気Tier1の一角をなす、根強い人気のあるシステムだ。構造が古い故、個人的には不満点も少なくないシステムだが、俺にとっても思い出の深い一本だ。これを巡って様々な出会いや分かれ、喜びや悲しみ、成功や失敗を俺は経験してきた。
そんなゲームを、俺は久しぶりに遊ぶことになる。少し緊張するが、まあ何とかなるだろう。ルールブックを読み返し、セッション前のメモ書きを整えつつ、俺は万年床へと潜り込んだ。
1-2 初体験は甘くない
セッション当日、放課後、部室にて。
その日の雑務は前日のうちにあらかじめ家に持ち帰り終わらせた。準備は万端だ。
購買で少し差し入れを買いつつ、俺は部室に向かった。飲み物とお菓子、セッション中の糖(カロリー)は大切だ。実際には、正直余ることの方が多いが、足りないよりは良い。
まあ俺も久々のセッションだし、相手は全員TRPG初体験ということを踏まえ無難に『悪霊の家』を現代日本にアレンジしてみたのを持って部室に向かったのだが……。
「……お前ら、どうしたんだ」
なんとなく部員たちは皆ぐったりしている。先日、ざっくりルールを説明して事前にキャラ作成をしてくるよう伝えたのだが、なんだか全員眠そうだ。
「問題ありませんわ!今日のTRPGのために、キャラクターの設定を考えて参りましたわ!」
月子は満面の笑み(ただし、目の下には大きなクマがある)でコミケカタログみたいな紙束をドサッと机の上に置いてきた。
「月子、まさかと思うがその大量の紙束は ……」
「ええ、徹夜で設定は練りましたもの!ばっちりですわ!」
「……そうか」
おもわず頭を抱える。なかなかヘヴィな奴だ。
「……月子、悪いが他の部員のキャラシーを見てる間、それを3行に要約してくれ。……せめてA4一枚」
「そんな!でも、先生の指示なら仕方ありませんわ……」
ショックを受けながらも、彼女はうんうん唸りながらノートに書き込みだした。月子には悪いが、俺はそのコミケカタログを拾って活かしてやれる自信が無い。
しょうがない、一旦置いておこう。
次は小雪だ。
いつも物静かな小雪だが、今日は輪をかけて静かだ。
「小雪も眠いのか?」
「…………」
一拍遅れて頷く小雪。やはり眠いようだ
「小雪さん、今日のセッションが楽しみで眠れなかったそうですわ」
月子からフォローが入る。なるほど、遠足前の小学生状態か。なんか意外だ。
「……」
小雪の手元に置かれた紙束は、俺が置いておいたルールブックのコピーだった。蛍光ペンで線が至るところに引かれている。一生懸命読んでたのだろう。
「すごいな、でも、ちゃんと寝なきゃダメだぞ」
褒め言葉にか、睡眠を促す方かどちらにかはわからないが、小雪は満足そうに頷いた。
「ゴローちゃん、いいから早く始めようよー」
急かしてくるふわりの目の下にもクマがある。
「お前も寝てないのか」
「いやー、深夜アニメ見ててさー。今日のセッションの参考になるかなーって思って。ゴローちゃんも今期のアレ見てるっつってたじゃん」
たははーとふわりが笑う。 反省の色はあまりない。
「気持ちはわかるが、録画しろ。あと高校生があんまり夜更かしするんじゃねえよ」
「はいよ。ゴローちゃんは録画したのかー。今週は新キャラがね……」
「だからネタバレをやめろ!」
「あ、ごめんごめん、えへへ」
やはりあまり反省の色はない。まあ、当人に悪気は無いんだよなあ。なおさらたちが悪いが。
さて、最後は花凛だ。
「まったく、みなさんしっかりして下さい。こちらがキャラクターシートです、先生」
やはり目の下にクマを浮かべた花凛が几帳面な字で書かれたキャラクターシートを提出してくる。
「さすがイインチョー、ビシッと決めてくれるねえ」
「だから、私は委員長ではありません」
ヤジを飛ばす風音にお決まりのセリフを返す花凛。うむ、流石は委員長、キャラシに書かれた文字も丁寧できれいだ。数字も全部18がきれいに並んで………ん?
「……で、花凛、この能力値はなんだ」
よく見るとこのキャラシート、全部の能力値がMAXではないか。
「はい、振り直してよいとのことでしたので、納得がいくまで振り直してみました」
……なるほど。確率として、能力18が出るのは256分の1。3d6で決める能力値はSTR、DEX、POW、DEX、APPがあって……他にもあるから……いかん、頭が痛くなってきた。
「……何回振りなおしたんだ」
メガネをクイッと上げ、不敵な眼光を放ちながら花凛は言い放つ。
「聞きたいですか?99822回です」
「孵化廃人かお前は!」
花凛はゲームに対していわゆるチートを使うことを好まない。なので彼女なりに納得のいく方法でマジで振ったのだろう。
「先生、孵化廃人は流石に呼び方が昭和です。せめて厳選と呼んでください」
「そこじゃねえよ!ツッコミたいところは他にいくらでもあるけどさ!全然エレガントじゃねえよ!」
「ゲームを始める上で、なるべく不安要素を取り除いておきたかったので」
眼鏡をクイッとしながらキメ顔を決める花凛。一見、頭が良さそうに頭の悪いことを言い始めるのがこの花凛という少女である。
「そんなことしなくてもクリア出来るから!俺にとっては睡眠不足の方が不安要素じゃ!」
思わず熱くなってしまう。この少女たち、思った以上にやべーやつらである。
「いいか、お前たち、セッション前日はちゃんと寝ろ。PLでもGMでもだ」
オンセのやり過ぎで私生活に支障をきたす、みたいな話はしばしば聞くが、そういうのはなるべく避けた方がいい。
仕事や勉強はやらなければならないことなので、まあ手抜いてもしょうがないとは思う。
だが、趣味は別だ。やりたくてやってることにはなるべく良い状態で挑むべきだ。人に対面する場合ならなおさらだ。
俺を除いて、参加者全員が寝不足。しかも相手は初心者でルールも用語把握も曖昧。この時点でもう日を改めた方がいいんじゃないかってレベルなのだが……
一同はかなりの目力でこちらを見つめている。
「……やる気なのね」
そうか。この子らはこの子らなりに一生懸命準備をしてきているんだ。いや、よく考えると風音はそんなにしてないような気もするが、彼女も楽しみにしていたのは本当なのだろう。期待にはなるべく答えるのが礼儀というものだ。
「では、セッションを始めます。よろしくお願いします」
「はーい!」
結果は……まあ推して知ってほしい。
まあ、こんな状態でやるセッションが上手くいくはずもないわけで。
ただまあ意外なことに、全員終わりまでちゃんと起きていてくれたようだ。。
数時間後。夕日が放課後の部室に差し込む。
「あーもうめちゃくちゃだよ」
一応、セッションは終了したものの、全員ぐったりしている。結果としては疲労はPCの消極性を高め、ガバがガバを呼び、誘導も上手くいかず、久しぶりにシナリオ崩壊、全滅だ。
「どうしてうまくいかなかったのでしょうか……あれほど準備しましたのに……」
しょんぼりしている月子。理由はもちろんおわかりですね?全員明後日の方向に全力疾走していたからだ。
「……ごめんな、初めてのTRPGがこんなことになって。お前たちももうやりたくないだろ?」
ああ、またやってしまった。口下手でコミュ障の俺が他人をそんなに興味のない遊びに無理に巻き込み、つまらない思いをさせてしまった。やはり、資質的には俺はTRPGに向いていない。
所詮俺は、ゆとり世代の失敗作だ。
と、まあそんなことを考えていたのだが、皆の対応は違った。
「……そんなこと、ない」
小雪がぼそりとつぶやく。
「わたくし、諦めは良くない方ですわ!」
「これはこれで闇鍋みたいで楽しかったよ。普通の味付けのも食べてみたいけどね」
「負けっぱなしは、趣味じゃありません」
一同は俺は思っていたほど、つまらなかったわけでは無さそうだ。同時に眠そうでもあったが。
そうだ。この子らみんなは一生懸命なんだ。方向性が空回りし過ぎてるだけで。
正直、何処までが世辞なのか俺には判断がつかない。それでも、俺はこの子たちを信じたい。
「お前たち・・・いいだろう、次はもっと楽しいセッションにするぞ」
「「はい!」」
「だから、今日は早く帰って寝るんだぞ。明日も学校だろ?」
トロイメライが鳴り響き、こうしてその日はいったん解散となった。